ヴィヴァルディ作編曲 オペラ(パスティッチョ)

『メッセニアの神託』
全3幕

台本:アポストロ・ツェーノ


Antonio Lucio VIVALDI1678-1741"L’oracolo in Messenia RV726"

Libretto da Apostolo Zeno1711


NAXOS MUSIC LIBLARY

 
Sinfonia
   
第1幕
 第1場
   
(古都メッセネの広場。ハコヤナギの生い茂る祭壇と寺院。それはヘラクレスが祭祀された神殿である)
 
Recitativo エピーティデ
 メッセニアよ、不運なる私ととともにある、ありのままの空よ。わが傑出した父、クレスフォンテはこの地の統治者であり、私もまた、王たるためにこの地に生を享けた。然るにこの宮殿、輝ける民、豊穣なるこの地の、ほかならぬ私が正統な支配者なのだ。
 思い出よ、光彩よ! 回想されることもなく、栄光も失い、見捨てられ、孤独で、力を亡くしたさまよえる者よ。私は再びそなたと出会おう。数多の臣下は、もう私を名誉ある君主と認める者もいない。我が惨めさに涙するものとていない。
 しかし、我が王国の簒奪者を罰せんがために、神々よ、あなたは私をここに引き戻された。今こそ、偉大なる業を成し遂げんための力を我に与えたまえ。
 
 第2場
 
(ハコヤナギの木の近くにトラシメーデとメッセニアの人々がいる。一方の袖にはエピーティデが立っている)
 
Coro  立て、メッセニアの者たちよ。汝の祈りと聖願を以って。
 
Recitativo エピーティデ
 あの者たちは誰だ?
 聖壇と玉座のまわりに人々を集めて、いったい何が始まるのか?
トラシメーデ
 瞋りに満ちた天も飼い慣らされ、我らが叫びに屈することを願おう。
 
Coro  立て、メッセニアの者たちよ。汝の祈りと聖願を以って。
 
Recitativo エピーティデ
 汝、素晴らしい装いと高貴なる様が高い官位と洗練された魂とを示す者よ、我に告げるのだ、
何ゆえにメッセネは苦悶の叫び声に満ちているのか。
 何故、人々は嘆願するように、天に立ち昇り行く香と叫びのはざまで、枝葉の繁る神木を捧げ持つのか。
トラシメーデ
 彼らの地は、獰猛なるイノシシによって破壊されてしまったのです。
エピーティデ
 何だって?メッセニアの者たちは、たかがイノシシごときに恐れ戦いているのか。
トラシメーデ
 我らの勇気の何を以ってすれば、神々に歯向かうことなど出来るのでしょう。
その過酷な役務の度に、何度となく我が軍勢は打ち負かされ、蹴散らされてきました。神々が存在しようとも、
我らが希望は力を失い、ただ祈ることしかできないのです。
エピーティデ
 永遠にそのままでいるつもりか。
  トラシメーデ
 神殿の扉よ、開かれよ。
 (巨大な扉が開く)
   メッセニアの王よ、兵を集めてください。愛と忠誠により召喚されし者どもを。
 
Sinfonia
 
 第3場
 
 (ポリフォンテが、従者たちとともに寺院より現れ出て、玉座に座す。
トラシメーデとエピーティデが傍らに立っている。)
 
Recitativo ポリフォンテ
 我が民よ、我らはいつまで神々の前で涙を流し続けるつもりなのか。我らが犠牲は、今や恩寵を見出した。
臓腑が沸き立つようなこの高揚感は、何か良き兆しであるに違いない。
神は言われる、汝トラシメーデよ、聖なる意思を記した偉大なる書を読め、と。
さすれば我らが苦しみの王国は、再び活気を取り戻し、恐怖は終わるであろう。
 
(彼はトラシメーデに神託書を手渡し、トラシメーデはそれを読み上げる。)
 
トラシメーデ
 メッセニアは二匹の怪物に蹂躙されてきた。しかし今日、怪物は死すべき運命にある。
一匹は徳の力によって、もう一匹は怒りによって葬り去られる。
そして、献身的な解放者は、高貴なる囚われ人と結ばれるであろう
ポリフォンテ
 幸いなるみ言葉だ。さあ、勇敢なる心と強大な力を持てる者どもよ、戦いに赴き、そして打ち克つのだ!
 (ポリフォンテは立ち上がり、玉座から歩み降りる。)
エピーティデ
 神々よ、もしメッセニアの勇気と力が私を求めているなら、未熟で孤独であろうも、試練に立ち向かう覚悟はできている。この大惨事の元凶たる化け物の在りし方を我に指し示したまえ。
ポリフォンテ
 彼を我がもとに通せ。
 そちの矜持と勇敢なる若さの勝利に褒美をもたらそう。
エピーティデ
 私が欲するのは、自身への褒美でありません。人々の安穏と、王国の希望を我が胸に留めることです。
トラシメーデ
 ギリシアはいま再び、若きヘラクレスを目にするであろう。
 
Aria エピーティデ
我が勇気は自然の賜物。
かいなは強く、心は恐れを知らぬ。
  獰猛なる獣は我が怒りの生贄となり
  己が勇気は王国に平和をもたらす。
 
(エピーティデ退場。)
 
 第4場
 
(ポリフォンテとトラシメーデ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 策を誤っていなければ、リチスコが我々のもとへやって来るだろう。
トラシメーデ
 ええ。隣国ティデオの公使として、度々姿を見せておりますから。
ポリフォンテ
 私はここで待つとしよう。その間に、お前は女王のもとへ行き、彼女に我らの婚礼の日が来ると告げるのだ。今こそ、不変なる法に従わねばならぬ。彼女は聖なる火を婚礼の神に捧げるのだ。
トラシメーデ
 御意にございます。(独白:沈黙のうちにも我が心は苦しむ。)
 
 (退場)
 
 第5場
 
 (ポリフォンテとリチスコ、エトリアの従者たち。)
 
Recitativo リチスコ
 賢明なるメッセニアは勇敢な指導者ポリフォンテ王に恭順を示しています。強国エトリアのティデオ威厳王は、私を使者として使わせました。ここにあるのは、彼の友情を証し、あなた様の権威を是認する親書です。
 (リチスコは親書をポリフォンテに手渡す。)
 ティデオ王は、不平等な和平協約により、姫君エルミーラ様が拉致されたことを悲しんでおられます。由々しき侮辱は、王としての、そして父親としての心をひどく傷つけました。王の嘆きは、償いを求めておられます。エルミーラ様を王のもとにお返しください。さもなければ、メッセニアの国土は、武器を手にした軍隊に攻め込まれ、罪なき人々が不当な代償を支払わされることになるでしょう。
ポリフォンテ
 もしもティデオ王が策略をしかけたり、我らを脅すことが出来るなどと考えているなら、それはとんだ見当違いというものだ。和平か戦争か、どちらを取るか、彼に選ばせよ。
リチスコ
 おお天よ!どうすれば良いのか。
 あなた様はまだ、あの悪しき報せを聞かれていないのですね。ギリシアじゅうに知れ渡っているというのに、メッセニアにはまだ届いていない?
ポリフォンテ
 悪しき知らせ?何のことだ。
リチスコ
 不運なるエピーティデの訃報です。
ポリフォンテ
 神よ!これに増す一撃があろうか。更なる涙と血を欲しているのか?不幸なる王国、哀れな王子よ!(独白:だがもし、本当にエピーティデが死んだのであれば、それは朗報だ。)
リチスコ
 悲しみの極みだ!
ポリフォンテ
 その悲報の真偽がはっきりするまで、他言は無用だ。我が宮廷のもてなしを受け、待つのだ。
リチスコ
 そうしている間に、あなた様はエルミーラ様をどうなさるおつもりか。
 
Aria ポリフォンテ
我はなにも聞かぬ。あるのは怒りのみ。
我はなにも応えぬ。あるのは復讐心のみ。
(独白:だが、悲しみに打ち震えた素振りをしていよう。本当は狂喜しているのだが。)
  無垢の犠牲に対して、我は約束しよう、悪人どもの死を
  (独白:今や我が権力は全きものとなり、玉座は手中にある。)
 
 (退場)
 
 第6場
 
Recitativo リチスコ
 我が心は、不実な装いや、邪推、見せかけの悲嘆などにだまされることはない。メローぺもポリフォンテもともに恐れている。エピーティデは、智略を使って首尾よく玉座を奪還するかも知れぬ。だが何故、私は未だに彼に会うことが出来ないのだろう。何が彼をして、私から、そしてメッセニアから遠ざけているのか?おお神々よ、彼の魂を守りたまえ。
 
Aria リチスコ
失われた統治者、玉座の相続権を奪われた者を見るまで、
私の心臓は凍りつき、息をするのもままならない。 
  汝、神々よ、なんと長く先のことであるか。
  我が希いが成就されし、その時が来るのは!
 
 (退場)
 
 第7場
 
 (秘密の扉のある隠し部屋)
 
Recitativo メローぺ
 (一人で)その日が来れば、我が悲哀のどん底を呼び起こすことになるかも知れない。なんというむごたらしい運命。この私から后座を、無慈悲な暴力によって残虐に屠られた夫と息子を奪うだけでは飽き足らぬのか。唯一の慰めであった愛しきエピーティデを奪ってなお、何を欲するのか。私を不実の妻と、偽者の母親と、この世界と我が夫にとって忌まわしき存在であると流布するだけでは十分でないというのか。私をしてポリフォンテの妻になれと言うのか。
 私は誓う、決してポリフォンテの妻になどならぬ。
 太陽よ、掟よ、神々への誓約、婚礼、ポリフォンテ、冷ややかなる神々、苦しみ煩う心よ、私はお前たちを無慈悲な者と呼ばねばならぬ。
 
 第8場
 
 (トラシメーデと女王メローぺ)
 
Recitativo トラシメーデ
 女王様、あなた様が他の男のものになるなど、考えただけで私は残酷な苦悩に苛まれます。しかし、この不幸に対して死を選ぶと言われるくらいなら、ポリフォンテのもとで、彼とともに国を治められるほうがまだ良いのかも知れません。
メローぺ
 トラシメーデよ、そなたの口からそのような言葉を聞かされるとは!それが忠誠心なのか!
トラシメーデ
 ああ、この私に、いったい何が出来るというのでしょう!
メローぺ
 もし私に哀れみを感じるなら、もし我らが王の輝かしき思い出が汝にとって大切なものであるなら、行ってアナッサンドロを捕らえ、その悪党を鎖に繋いで我が元へ連れてくるのだ。
 それが私にとっての、お前への唯一の頼みごとであり、私にとっての救けなのだ。さあ、我が人生の潔白と、汝の名誉のために行くがよい。
 
 (トラシメーデが立ち去る)
 
 第9場 <省略>
 
 第10場
 
 (従者と共にいるエルミーラとポリフォンテ、そしてメローぺ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 お前は天が決めた夫を拒もうというのか?
エルミーラ
 私の夫は既に定まっています。愛は彼を褒め称え、私の父も認めているのです。このエルミーラはその方を敬い、慕っております。
ポリフォンテ
 だが、運命はお前のその選択に反対している。
エルミーラ
 そんなこと信じられません。
ポリフォンテ
 明白に語られていることだぞ。
エルミーラ
 私の意志の自由は、王も、神であろうと邪魔できません。愛と誇りを以って明言しましょう、私は女王エルミーラであり、自らが選んだ者だけを愛する、と。
 
Aria エルミーラ
たとえあなたが私の涙とため息を見て、私が絶望していると思ったとしても、
どうか忘れないでほしい。死を恐れる私ではないことを。
  けれども私の心が理不尽な暴虐に苛まれている間、
  私はわからない、どれだけそれに耐えることができるのか。
 
 (退場)
 
 第11場
 
 (メローぺとポリフォンテ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 エルミーラの心が神々に従うよう仕向けよ。美しき女王よ、それがお前のなすべきことだ。お前の法は即ち我が法である。お前は自らの約束により、お前に対する私の貢献への見かえりを私に誓ったのだからな。
メローぺ
 ポリフォンテよ、はっきり言おう。私は、死刑執行人や尊属殺人犯と同じくらい、あなたのことがおぞましいと。
ポリフォンテ
 メローペ、何故そんなに私を嫌う?私がお前を怒らせるようなことをしただろうか?
メローぺ
 何故、ですって?良心の疼きがあなたの心に語りかけてくるでしょう。でも、もしあなたが罪に浸り切っていて、良心の咎めを感じないというならば、悪魔のような男よ、殺された我が子と、裏切られた我が夫の血が、それを明らかにしてくれるでしょう。
ポリフォンテ
 裏切られた?そう、だが誰にだ?
 悪行によってお前の名誉を傷つけたという罪を以って、お前を非難するなど笑止ではないか。そういえば、あのアナッサンドロはお前の従者だったな。
メローぺ
 あの男はあなたの悪名高き手下であり、その盲目的な野心に煽動されて、あなたも他国の簒奪者となったのです。
ポリフォンテ
 私はお前を理解しているつもりだ。このポリフォンテはこの地を支配している。だからこそメローペ、お前は恐怖と嫌悪を以って私を拒むのであろう。
メローペ
 あなたが支配者だから嫌うのではありません。私の嫌悪は、そんなものによるのではなく、正義の感情が私にそうさせるのです。悪人アナッサンドロはまだのうのうと生きていますが、私のもとにも、息子が一人残されています。ゼウスが、私とともにいるのです。
ポリフォンテ
 ゼウスがいても、お前は我がもとに来るであろう。
メローペ
 では、如何にして私があなたのもとへ行くのか、あなたが配偶者から何を得るのか、よく聞くがよい。
 残酷な輩、底知れぬ闇の、容赦のない怒り、血塗られた不吉な仲たがい、嫌悪、死、天の怒り。私は結婚の証人として、そのすべてをあなたのもとに招待しましょう。あなたの手で、陵辱の床に、冒涜的な松明を灯させる。そして残忍な暴君が青ざめ、正気を失い、永遠の闇の中へと眠りに閉じ込められるまで、寝台に花を敷き詰める代わりに、毒蛇を這わせるのです。
 
Aria メローペ
残酷な暴君よ、愛と献身を騙る詐欺師よ、我が心を遠く離れよ。
愛ゆえに、とお前は言うが、見るが良い、我が苦痛の源を、お前自身の邪悪なる様を。
  嫌悪、怒り、害毒。
  お前の偽りの愛は、それら以外の何物をも、我が心に呼び覚まさぬ。
 
 (退場)
 
 第12場
 
 (ポリフォンテとアナッサンドロ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 下僕どもは下がってよい。
 (従者がその場を去り、ポリフォンテが扉を施錠する)
 さて、扉には鍵をかけた。
 (ポリフォンテは秘密の扉の鍵を取り出し、その扉を解錠する)
 尊大な女め、奢った心が高貴な心に侮辱を与えたなら、どうなるかを見るがよい。
 (入り口の傍らに立ち、呼ぶ)
 アナッサンドロ!
アナッサンドロ
 (部屋から出てくる)
 ポリフォンテ様がお呼びらしい。しかも、耳を塞ぐような大声だ。
ポリフォンテ
 お前を、この静かな部屋の外へ、我が抱擁と眩い光の中へと誘おう。
 (ポリフォンテはアナッサンドロを抱擁する)
アナッサンドロ
 いかなる高貴なご命令に、私は従えばよろしいのでしょう。エトリアへと取って返し、ティデオの手中であろうとも、エピーティデのとどめを刺してまいりましょうか。勿論、心の準備は出来ております。
ポリフォンテ
 あの惨めな男は既に死んだ。我らの名が汚されることは、もうない。
 お前に頼みたいことは簡単だ。イトメ山へ行き、メッセニアの者たちに、お前が国司として戻ったことを知らしめるのだ。そして女王メローペを、その子供達と夫の殺害者として起訴するのだ。
 そうすれば、お前は私から高い官位と宝物、玉座の分け前を期待することが出来よう。お前が望むなら、手に入るのだ。
アナッサンドロ
 その実行が我らの安泰とあなた様の未来を約束してくれるなら、メローペを告訴いたしましょう。
ポリフォンテ
 親愛なるアナッサンドロよ、我が栄光の、誠心からの賛同者よ、我が王位と王国は、そなたの働きにこそかかっているぞ。
 
 (アナッサンドロが去る)
 
 第13場
 
 (ポリフォンテとエピーティデ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 (扉を開けながら)
 衛兵たちよ、異邦の者を我が元へ!
 我が高貴なる望みは、今やアナッサンドロの忠誠にかかっている。
エピーティデ
 神よ、焦燥に駆られながら、私は待ちこがれている。王国を危機から救う場所に、私が導かれることを。
 
 (ポリフォンテ去る)
 
 第14場
 
Recitativo エピーティデ
 (一人で)
 我が愛するエルミーラよ、どこにいるのか?汝ら神々よ、誰がエルミーラを隠してしまったのか?
 
Aria エピーティデ
愛ゆえの、ため息こそは甘美だけれど、
日々涙にぬれ、胸の潰れる思いを抱き続けるのは、苦しく痛恨の時でしかない。
  痛みを伴わぬ愛を信じることの出来る者は、
  己の過ちに気づかぬ者か、偽りの愛を欲する者のみ。
 
 第1幕の終わり
 
第2幕
 
 第1場
 
 (メッセネの広場。歓喜に満ちた群衆に先導されて、エピーティデが登場する。続いて、ポリフォンテ、メローペ、リチスコ)
 
Arioso エピーティデ
懐かしのこの風景よ!私は大いなる勝利者として戻ってきた。
 
Recitativo ポリフォンテ
 そなたをこの腕に抱かせてくれ………なぜ躊躇するのだ?
エピーティデ
 野蛮な獣と戦うことに慣れてしまった私の荒れすさんだ腕が、あなたの高貴な抱擁に気後れを感じているのです。
メローぺ
 (独白:神々よ、この男に不安を感じるのは、いったいどうしてでしょう?)
ポリフォンテ
 民衆は喜び勇んでいるのに、女王は憂鬱そうに見える。何故だ?
エピーティデ
 何だと、女王だって?おお神よ、目の前に居るのがメローペなのか?
メローぺ
 いかにも、我が名はメローペ。しかし、もう女王ではありません。女王の亡霊なのです。
エピーティデ
 偉大なるお方、貴女の高貴なおん手に、謙譲の証の接吻をお許しください。
(独白:まるで母上に向かって語りかけているかのようだ)
メローぺ
 (独白:この接吻はなに?私の心が両極端な二つの力に引き裂かれるような思いがする)
ポリフォンテ
 何ということだ。そなたは私の友情の証である抱擁を拒んだのに、この罪に穢れた女の腕に接吻しようというのか?
エピーティデ
 自らのおこないに恥じるところはありません。
ポリフォンテ
 誰に対してものを言っておる?何故そのようなことを言うのか?
エピーティデ
 私の名はクレオンです。
リチスコ
 (独白:彼の演技はまさに迫真の技だ。見事に別人になり切っている)
メローぺ
 そなたはエトリアから来たのか?
エピーティデ
 デルフィから参りました。我が未来を見極めたいとの思いからやってきたのです。デルフィとダウリを分かつ道は何処にあるのかと。
 ところで私は、ある高貴な若者が深手を負って悲惨な様子で倒れているのに出会いました。彼はこう言って、こと切れたのです。「友よ、私はもうだめだ。野蛮で卑劣な匪賊どもにやられたのだ。この若さで死んでいかねばならないとは」と。
メローぺ
 なんとひどいことを!
エピーティデ
 更に、彼はこうも言いました。「メッセネのポリフォンテの宮殿へ行き、メローペに、私の真実の継承権の証として、この黄金の帯と宝玉を手渡し、自分の代わりにその御手に接吻してほしい」
 (独白:彼女が動揺する様を見てしまうと、こうして嘘をついていることを悔やみたくなる)
メローぺ
 (独白:いや、待とう。涙はまだ早い。いま、我らは復讐すべき相手を探し出さねばならぬのだ。涙と悲憤ではなく、復讐に立ち上がる情熱をこそ見出さねばならない)
 クレオン、どうして彼は一人で死んでいったのか?
エピーティデ
 とにかく、彼のもとには誰もいなかったのです。
メローぺ
 だから何故、そうした状況になっていたのだ?匪賊たちが彼の息の根を完全に止めようとしなかったのが不思議ではないか?
エピーティデ
 おそらく、もう死んだものと思ったのでしょう。
メローぺ
 いや、そなたは嘘をついている。彼を殺したのはそなたであろう。認めるのです。
エピーティデ
 私が彼を殺したですって?
メローぺ
 この恥ずべき輩め。これらの帯や宝玉は、たいした価値がないから盗んだところで何ほどにもならないと考えたのであろう。そなたを見たときから、そう感じていたのだ。そのあわてぶり、蒼白の顔。すべてが嘘であると語っている。
エピーティデ
 この、私が、罪人であるとおっしゃる?
メローぺ
 そなたは嘘をついているのだ。
 
Aria メローぺ
慈悲に値せぬ者よ。その行状はあまりに残酷。
哀れなる息子よ、惨めなる母よ。
傲慢で無慈悲なこの輩は、やがて自らの行いを悔やむことになり、許しを乞うことになるだろう。
  見よ、天から降るいかずちの様を。
  卑怯なる者、お前は私の悲しみを永く楽しむことは叶わぬ。
  神々が我と我が息子の雪辱を果たす日が来るだろう。
  卑劣なる裏切り者、そなたは必ずしや罰せられるのだ。
 
 (退場)
 
 第2場
 
 (ポリフォンテ、エピーティデとリチスコ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 そなたの勝利と我が権力が、そなたをメローペの怒りから護ってくれるだろう。あの女は継母だ。本当は息子たちの死を望んでいたのだ。
エピーティデ
 もしそうなら、何故あんなに嘆き悲しむのです?
ポリフォンテ
 あれはただの芝居にすぎぬ。偽りの涙を流すなど、あの女にすれば簡単なことだ。
リチスコ
 ものごとをうわべだけで判断しようとすれば、真実の感情を見誤るのです
ポリフォンテ
 気高き緑蔭の安らぎ安らぎよ。そなたの勇気がメッセネを救ったのだ。この佳き日に、そなたの婚礼を我らは祝おうと思う。
エピーティデ
 私の結婚だって?
ポリフォンテ
 そなたの尊き行に報いるものとして神々が選んだ伴侶だ。光り輝くような優美なる乙女を、愛すべき妻に迎えるが良い。
Aria ポリフォンテ
メッセネが喜びと共にあの魔物の死を祝福するように、
感謝を以ってそなたの婚礼の栄誉を祝福しよう。
  恐れるな。私がそなたの守護者だ。
  無益な憎悪も、実らぬ希望も、臆病から来る恐怖心も、
  そなたの高貴な情熱の前にはただ消え去るしかない。
 
 (退場)
 
 第3場
 
 (エピーティデとリチスコ)
 
Recitativo エピーティデ
 結婚? 私の結婚だって?
リチスコ
 はい、天はそのように采配されました。貴殿は、それに従わねばなりません。
エピーティデ
 私は何をしたら良いのだ?リチスコよ、教えてくれぬか。
リチスコ
 私はあなた様のまごころと、その愛にお仕えするだけです。
エピーティデ
 お前も知っての通り、私の心と魂は、ただ愛するエルミーラのものだぞ。
リチスコ
 そのエルミーラ様が、貴殿のお相手なのですよ。エルミーラ様こそが、勝利の褒賞なのです。天はあのお方をメッセネの捕囚としました。親愛なる王子よ、あなた様は彼女とともに、この国を治められるのです。
 
 第6場
 
 (鎖に繋がれたアナッサンドロ。そこにメローペとトラシメーデ)
 
Recitativo アナッサンドロ
 よくも裏切ったな、この性悪女め!
メローペ
 何ゆえに純潔なる者が非難されねばならぬ?お前の窮地は身から出た錆だ。
アナッサンドロ
 そういうことか。ちくしょう、責め苦の中で振りかざされる斧、燃えさかる炎を見るようだ。
メローペ
 その斧、炎、そして苦痛も、お前の罪の報いには十分とは言えぬ。
アナッサンドロ
 何にもまして後悔しているのです。私が悪かった。女王様。
トラシメーデ
(メローペに)彼は罪を認めたようです。
メローペ
(トラシメーデに)落ちぶれた者は嘘も吐けぬか。
トラシメーデ
 言え、誰がお前にこのような狼藉を命じたのだ?
アナッサンドロ
 もう知れ渡っていることです。罪を犯した者は、裁かれなければならない。
メローペ
 トラシメーデよ、行って兵を召集し、アナッサンドロをしっかりと見張って、逃げることが出来ぬよう要塞に閉じ込めておくのです。
トラシメーデ
 この悪人め、さあ行くのだ。そしてアストライアの懲罰の鉄槌がお前の頭上に振り下ろされるまで、恐怖に震えおののいているがいい。
アナッサンドロ
 私は悲運のうちに有罪を宣告され死ぬだろう。しかし、私は己の意志とともに死んでいこう。
(衛兵に連れ去られる)
トラシメーデ
 彼の処分を急ぐことにしましょう。ただ、その前に……
メローペ
 何です?言いなさい。
トラシメーデ
 ああ、私の臆病ゆえ、言葉にならず嘆息になってしまいます。
メローペ
 トラシメーデよ、まずは心を平静に保つのです。お前の前にいるのは、亡きクレスフォンテの妻であり、この国の女王なのですよ。私に対する自らの義務を忘れるようなことがあってはなりません。
 
 (第7場)
 
トラシメーデ
 (独白)神々よ、不遜にも我が務めを忘れていた。情に流されるあまり、大事なものを見失っていたのだ。私は自らの感情を隠さなければならぬ。涙に暮れる本心を表に現してはならないのだ。
Aria トラシメーデ
私は船。岩の狭間に逆巻く波に抗い、大海原を漂い進む。
  ひとつの危機を切り抜けても、難破の危険へと御し難く導かれるばかり。
 
 (退場)
 
 第8場
 
(玉座のある部屋。エルミーラとエピーティデ)
 
Recitativo エルミーラ
 私の心は喜びで満たされているわ。エピーティデの死が誤報だったなんて。私のエピーティデは、確かに生きているのよ。
エピーティデ
 エルミーラなのか?
エルミーラ
 私の愛する人なのね?私の前から姿を消してしまった……
エピーティデ
 神々よ、私がエルミーラに忘れ去られてしまうということが、罪の報いだったということか。
エルミーラ
 私のまごころがあなたを危険な目に遭わせてしまった?
エピーティデ
 そんなことはない。私たちがもし思慮を欠いていたなら、私の正体が明らかになってしまっていただろう。
エルミーラ
 それじゃあ、心の中に互いへの思いを沈めておくしかないのね。
エピーティデ
 クレオンを愛するのだ。そうすれば、エルミーラ、君に自由を与えられる。君はすべての愛を捧げ、私はクレオンとして、エピーティデの代わりにその愛を受け止めよう。
エルミーラ
 ああ、何という素晴らしい愛の成り行きでしょう。希望を失いかけていたまさにそのとき、自らの心の中に平和を見出せるなんて。未だに信じられない事のようだわ。
 
Aria エルミーラ
我が愛しの希望よ、私は夢をみているのではない。
変わらぬこの愛が、喜びのうちに報いてくれるでしょう。
  そしてため息と涙が途切れた後に、微笑みが私の唇に戻ってくるの。
 
 (退場)
 
 第9場
 
(メローペ、トラシメーデ、リチスコ、人々に付き添われたエピーティデ。そしてポリフォンテ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 (玉座に王冠を置きながら)メローペよ、聞くが良い。我らのうち、一方は潔白であり、もう一方は罪人だ。お前はこのポリフォンテを非難するが、メッセニアはお前のほうをこそ告訴するのだ。法は宣言しよう、正義には王冠を、悪には死をと。
 (下僕たちとともに玉座のほうへ歩み去る)
リチスコ
 (独白)まことしやかに言うものだ。
エピーティデ
 (独白)やがて真実は明らかになるだろう。
トラシメーデ
 (独白)心が乱れて仕方がない。
メローペ
 あなたはまさに王国の支配者。私の夫と、息子たちを祝福する者。私の言葉を聞く者は、その煌く光によって私の潔白を証明するのです。
 (そこに座り込む)
 
 第10場
 
 (アナッサンドロ登場する)
 
Recitativo アナッサンドロ
 首切り役人の斧はどこだ?拷問人はまだか?処刑具はどうした?さあ、私は堂々とその時を待っていてやるぞ!
トラシメーデ
 悪党め、お前はとてつもない苦悩と苦痛とにさいなまれるのだ。
アナッサンドロ
 私を脅そうというのか。私はクレスフォンテとその子供達を殺したさ。(短剣を投げつけながら)さあ、これがそのときの武器、犯罪の動かぬ証拠というやつだ。
トラシメーデ
 聞きたいのはそれだけではない。知りたいのは悪事の証拠などではなく、それをお前に唆した張本人のことだ。
ポリフォンテ
 何を躊躇している?ぐずぐずしていると、拷問でお前の口を割らせることになるぞ。
アナッサンドロ
 では喋ってやろう。臆病な卑怯者は良心の疼きを覚え、嘘はつかない。クレスフォンテの死は、メローペが命じた。そして私が実行したのだ。
ポリフォンテ
 (独白)これで安泰だ。
メローペ
 私がそのようなひどい命令をしたというのですか?どこで、いつ、どのように?何故そんなことを言うのです?
アナッサンドロ
 女王よ、私は祈祷師たちの言葉を聞かず、下僕としてあなたに従った。あなたは扉を開け、誰をいつ殺すべきかを指示し、それを実行すべき合図を私に送った。
ポリフォンテ
 いいだろう。裏切り者の女よ、お前の有罪は確定した。いまの証言は、トラシメーデが記録したであろう。メッセニアはそれを忘れることはない。行け、そして罰を受ける時を待つが良い。正義には王冠を、悪には死を!
 (衛兵達がメローペを捕縛する。ポリフォンテは王冠を手にして歩み去る)
メローペ
 なんという不逞の輩か!残忍なる者よ!
 メッセニアの民よ、そしてリチスコ、トラシメーデ。あの男が言ったことは事実無根で、私を少しも苦しめはしない。私は死を恐れぬ。ただ、不当に辱められた妻、悲嘆にくれる母ではなく、無垢で哀れな一人の女を救ってほしい。
 
Aria メローペ
私と語り、私の力となる、もはやどのような言葉も心もない。
神々よ、全ては私の仇になってしまった。
この仕打ちの、何と苦しいことでしょう。もはや堪えることも出来そうにない。
  思いもよらぬ身の立場。さしずめ不実の妻、無慈悲の母親と映るでしょう。
  けれども良心には一片の曇りもなく、後悔など決してしていない。
 
 (衛兵たちに連行される)
 
 第11場
 
 (トラシメーデ、エピーティデ、リチスコ、アナッサンドロ)
 
Recitativo エピーティデ
 メッセニアの者たちよ、王家の者がこのような悪辣な誣告により非難されて良いはずはない。
 不幸な女王よ、耳障りな捏造証言などあなたには何の関係もないのだ。
 さあ、女王をお護りしようという者はいないのか?誰か、より確かな証言をしようという者は?女王をこのまま死に追いやる気か?彼女が潔白だとは思わぬのか?憐れみを感じぬのか?
 
Aria エピーティデ
いと高貴なる血脈を非難する者、同情を感じぬ者は、野蛮な獣のようなもの。
荒野に孤独を託つがよい。
  けれどもその胸に慈悲を抱く者は、彼女のさだめを嘆き哀れむ。
 
 (退場)
 
 第12場
 
 (トラシメーデ、リチスコとアナッサンドロ。そしてポリフォンテ)
 
Recitativo リチスコ
 愛、そして情熱!私は彼に付き従おう。(退場)
トラシメーデ
 閣下。王国にはメローペの血が通っているのです。
ポリフォンテ
 浅薄な考えだ。私はアナッサンドロの始末をつけねばならぬ。お前はメローペのところへ行き、死刑の宣告を実行に移すのだ。もし躊躇するなら、私がお前に裁きを下す。私が望むのは、あの女の死だ。
トラシメーデ
 御意。(独白:なんて不幸な女なんだ!)
 
 (退場)
 
 第13場
 
 (ポリフォンテとアナッサンドロ。ポリフォンテは衛兵たちを去らせる)
 
Recitativo ポリフォンテ
 ここにいるのは私たちだけだな。……
 さて、親愛なる友よ。君のおかげで王国の安泰は保たれた。
アナッサンドロ
 まだ油断してはなりません。
ポリフォンテ
 あの女がいなくなれば、もう怖いものなしではないか。
アナッサンドロ
 エピーティデがおります。
ポリフォンテ
 死んだはずの者に何が出来る?
アナッサンドロ
 あのクレオンこそ、その敵なのです。あなた様の命令でエトリアに潜入していた時、私は度々、あの男を見かけました。その顔が記憶に焼きついています。
ポリフォンテ
 そんな馬鹿なことがあるか。
アナッサンドロ
 いいえ、間違いなく、あの男はエピーティデです。
ポリフォンテ
 そんなことがあろうとは。何ということだ。
 今や、我が玉座ばかりでなく、命すらもそなたに負っているということか。そなたの忠義は、いずれ報われるであろう。王の思し召しだ。
アナッサンドロ
 あなた様のお気持ちこそ、私の望む全てです。
ポリフォンテ
 今しばらく辛抱するのだ。衛兵ども、入って来い!(衛兵たちが姿を現す)この下僕を窓のない牢に入れておけ。運命を覚らせるのだ。
 
Aria ポリフォンテ
我が無慈悲なる復讐の怒りは、
荒れ狂う海の暴風といかずちの轟きに勝る。
  我は暴君。つまりは野蛮こそが我が道、欺きこそが我が証し。
 
 (退場)
 
Recitativo アナッサンドロ
 (一人で)私はいずれ死んで、我が悪事の記憶だけが残るだろう。いっそ地獄で魔物となり果てよう。我が行いこそが、運命を決めるのだ。
 
Aria アナッサンドロ
私には感じられる、クリスフォンテの怨念が。
怒りに満ち、血に飢えたごとくに復讐を求め、私に向かって来るのを。
  それはまるで凍るような恐怖。だが脅しには乗らぬ。
  何故なら我が行いこそ、かつてなき喜びだから。
 
 第2幕の終わり
 
第3幕
 
 第1場
 
 (傍らに樹木のある、豪奢な宮廷の庭。ポリフォンテとエルミーラ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 エルミーラよ、私の考えを覆すには、時すでに遅しだ。
エルミーラ
 何のことですか?
ポリフォンテ
 あの不埒な母親がいなくても、エピーティデの命運を決める事は出来るのだ。
エルミーラ
 ああ!
ポリフォンテ
 あの男はクレオンと名を偽って生きている。リチスコは(私をまんまと騙したが)秘密を私に話した。彼に幸いあれ、だ。
エルミーラ
 王様、あなた様以上に偉大な心がありましょうか。お気を悪くされたなら、どうかお許しを。
ポリフォンテ
 それが正義というものだ。お前の嫉妬深い心を褒め称えよう。あの悪魔のような母親が死ぬ時まで知られることのないその心を。彼女はあの男の運命をわかっている。自分の子供たちや夫を殺した乱心に駆られて、あの男までも殺すことだろう。
 
Aria エルミーラ
私の心は愛する者を救う道を必ず見出すだろう。
私が愛して止まないあの方は、決して死なない。
  常に愛を護り道を見出して、
  偉大なる愉悦と共に希望は湧き出ずる。
 
 (退場)
 
 第2場
 
 (ポリフォンテと、射手たちに包囲されたアナッサンドロ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 アナッサンドロ、来るのだ。詐欺師を欺くというのは、一興だな。
アナッサンドロ
 逃げも隠れもしていない。私は囚われの身。あなたは玉座だ。
 (ポリフォンテの合図で射手たちが後ろに下がる)
 で、どうしようと言うのです?
ポリフォンテ
 友よ、偉大なる行いが待っているぞ。
アナッサンドロ
 愛とは、誠実とはいかなるものであるか、あなたはよくご存知だ。……
ポリフォンテ
 (独白:この男は容赦のない試練に後ずさりするだろうか。そこが気になる)
アナッサンドロ
 私には、まだあなたに差し出せる勇気と血、そして命があります。
ポリフォンテ
 まさにな。
アナッサンドロ
 何だと言うのです?
ポリフォンテ
 その命のことだが……
アナッサンドロ
 私の命を奪おうと言うのですか?
ポリフォンテ
 我が平和と玉座の安泰のためには、それしかないのだ。私はお前の最後の忠誠の証として、その死を望む。
アナッサンドロ
 おお、神々よ、なんと惨い仕打ちなのだ。そこまで私が邪魔だというなら、せめて流刑にしてほしい。
ポリフォンテ
 どこにいようと、お前は危険人物だ。衛兵!この輩を(射手たちが前に出て来る)そこの木に縛りつけておけ。(アナッサンドロが木に縛られる)こいつはお前たちの的だ。私に従わぬ者がどうなるのかを、人々に知らしめてやる。さあ、偉大なる生贄の儀式が始まるぞ。
 
Aria ポリフォンテ
法に叶った殺戮こそが、我が流儀。
復讐するは我にあり。
  悪党の血で大地が染まり、
  あの女と罪人の息子は父親の亡霊のもとへと降る。
 
 (退場)
 
 (アナッサンドロは刑の執行のために引き立てられる。そこへリチスコが登場)
 
Recitativo リチスコ
 これがお前の最期か。誰にも知られることなく。
アナッサンドロ
 身から出た錆と言うのか。
リチスコ
 代償を払わねばならないのは致し方ない。
アナッサンドロ
 それが正義だというのだな。だが、俺よりも罪に穢れた者が命を助けられ、勝ち誇ったように我が運命を嘲笑うのは無念だ。
リチスコ
 メローペも死を免れない。
アナッサンドロ
 メローペのことか。あの女は死んではならぬ。何故なら無実だからだ。エピーティデも同様だ。そしてあの暴君は?生き続けるのか。俺がこの国の行く末を嘆くには時既に遅すぎたようだ。
リチスコ
 (独白:この様子からして、どうやら大変な秘密が隠されているようだ。それも驚くべき秘密だ。)
 衛兵達よ、この男の処刑を暫く待て。さもなければ取り返しのつかぬことになる。この男の鎖を外すのだ。身柄はお前たちに委ねる。我らは常に王国のことを考えねばならぬ。この男の死を急ぐ必要は無い。
 
 (アナッサンドロは衛兵らとともに退場する)
 
 第4場
 
Recitativo リチスコ
 (ひとりで)私は何を聞いていたか。この心の動揺はどうだ。メローペは無実にもかかわらず死に直面し、エピーティデも危険に晒されている。ああ、哀れみと苦しみが私を苛む。
 
Aria リチスコ
私は疲れ果てた旅人のようだ、恐ろしき暗夜の闇を行く。
行くべき道を見失い、疑惑の渦中をさまよい歩き、運命の日を待ちわびる。
  天は不幸な王国に再び平和を呼び戻すだろうか。
  我が心を一度はついえ去った、平穏が回復されるだろうか。
 
 (退場)
 
 第5場
 
 (メローペの部屋。手には封のされた手紙を持っている。そこへトラシメーデが来る)
 
Recitativo メローペ
 暴君が私に手紙を寄こした。さしずめ、私の最期を宣告しようというのでしょう。
私は運命に立ち向かう勇気を以ってそれを読みましょう。
(手紙を開封して読む。そこへトラシメーデがやっ来る。メローペは彼に近づく)
 トラシメーデよ、私の刑の執行が延期されたようです。
トラシメーデ
 何があったのです?
メローペ
 ポリフォンテの手紙によれば、我が息子を殺した下手人はクレオンだというのです。復讐せよ、と言ってきている。
トラシメーデ
 弔い合戦ですな。
メローペ
 私は暴君の命令には従わぬ。トラシメーデよ、クレオンに会うのだ。私はあの男の恐怖と死を望む。
彼のもとへ行き、私が命令を撤回しないうちは、あの男が己の罪の代償を払い、剣によって痛めつけられるように
計らえ。
トラシメーデ
 御意。
 
Aria トラシメーデ
もし戦場へと赴くならば、その試練を受けて立とう。
もし忠誠の証を求められるならば、従いて危険を受け入れよう。
  あなたの涙と悲しみは、残酷なる魔物。それは憐れみを誘う。
 
 第6場
 
 (メローペとエピーティデ)
 
Recitativo メローペ
 私の義心から生じた怒りが、復讐を求めています。最早や憐れみなど論外。我が息子を殺したかどで、悪党に死をもたらす。
 あの男がやって来る。何てふてぶてしい態度でしょう。
エピーティデ
 ポリフォンテの命により、女王様をお待ちしていました。
メローペ
 不実なる輩よ、来るのです。私の涙は悲哀で満たされています。お前にはあと僅かな時間しか残されていない。
やがてここから連行され、私の復讐により死を迎えるのですから。
エピーティデ
 (独白:ああ、これ以上欺くことは出来ない。真実を言わねば)
 殺されてしまったとお嘆きのあなたの息子は………
メローペ
 悪魔め、殺したのはお前でしょう。
エピーティデ
 あなたのエピーティデは………
メローペ
 私のですって?私から奪っておいて何を言うのです。
エピーティデ
 母上様………
メローペ
 お前の非道な行いの後は、もう母であることをやめました。
エピーティデ
 もし私の言葉を最後まで聞いて下さるなら、あなたは再び母となりましょう。
メローペ
 何だというのです。
エピーティデ
 エピーティデは生きています。
メローペ
 ええ、黄泉の国の陰に隠れながら。
エピーティデ
 いいえ、私やあなたと同じく、この空の下で、同じ大気を呼吸して生きているのです。
メローペ
 私の息子が生きていると言うのですか?
エピーティデ
 そうですとも。今、あなたは彼の姿を見て、その声を聞いている。そう、私こそエピーティデなのです。
メローペ
 お前が?お前がですって?
 否、お前はクレオン。我が息子を殺した張本人です。恐怖に満ちた死の判決に慄き、私を騙そうというのですね。
しかし、欺瞞はお前を救いなどしない。
エピーティデ
 ああ、母上………
メローペ
 お黙りなさい。私は母であるが故に、お前を憎むのです。お前は息子などではなく、殺人者。
エピーティデ
 信じて下さらないのですね。では、せめてエルミーラの、私の大事な婚約者の話を聞いて下さい。
息子ではなく、その婚約者の言うことを信じて下さい。
メローペ
 召喚!(衛兵達が入ってくる)エルミーラをここへ。
 いま少し、お前の処刑を待つことにしましょう。但し、ほんの少しの間だけ。
お前がエピーティデを殺したことは間違いないのだから。
 
 第7場
 
 (エルミーラ登場)
 
Recitativo エピーティデ
 もうこれ以上、母上が息子を見誤ることのないよう、慈悲と共にあなたの愛を以って語ってくれ。
頼む、愛するエルミーラよ。
エルミーラ
 何を言っているのです?あなたは誰?その図太さと、血迷った戯言はどこから出てくるのでしょう。
女王様、この男はいったい何のつもりなのでしょうか。
 (独白:我が心よ、用心するのです)
エピーティデ
 素知らぬ振りなどするのはやめてくれ。そんなことをして何になるのだ。
もう秘密は明かされたんだ。私はあなたの夫たる人間であると証言してほしい。
エルミーラ
 そうですわ。怪物退治で、あなたは私の心を支配しようとしました。
エピーティデ
 違う、そうじゃない。私がメッセニアの王子であると、メローペの息子、エピーティデだと言ってくれ。
エルミーラ
 とんでもないことだわ。
メローペ
 さあ、お前はエピーティデではありません。今こそ非道が明るみに出たのです。
恋人がそう言うのですから。もう騙されない。
エピーティデ
おお、神よ!どうか今一度、話を聞いてほしい。
メローペ
 もう十分です。私の寛大な心につけこんだだけなのですから。お前の忌まわしい顔など見たくない。
エピーティデ
 エルミーラ……
エルミーラ
 いい加減にしてちょうだい。
エピーティデ
 万事休すか。
メローペ
 裏切り者は自らをも欺いたのです。お前のことなど信用しません。
 
Aria エピーティデ
(エルミーラに)愛する人よ、私を忘れたのか?
(メローペに)母上様、私の話を聞いてくださらぬのか?
(独白:天よ、私はどうすればよい?)
  あなたの心であり、愛する息子であり、希望であるはずなのに。
(エルミーラに)何か言っておくれ、不実の人よ。
(メローペに)私を信じてくださらぬのか?
  残酷な方よ。私に死を与えるのか。
  おお、神よ、我が勇気は、我と我が希望を見捨てたのか。
 
 (退場)
 
 第8場
 
 (メローペとエルミーラ)
 
Recitativo メローペ
 すんでのところであの男に懐柔されるところでした。あの男の涙に騙されそうになるとは。
エルミーラ
 お芝居じみていましたわ。
メローペ
 間もなくその報いを受けることになるでしょう。
まさに、あの非道の輩は、哀れなエピーティデの墓の前で殺されるのです。
エルミーラ
 何ですって?殺される?
メローペ
 その通りです。既に命令は下しました。この部屋の外で、私の復讐を、
つまりは己の死を待っていることでしょう。
エルミーラ
 おお、何ということ!行って、すぐに止めさせて下さい。
メローペ
 何故です?どうして今さら憐れみをかけるのです?もう遅い。クレオンは既に殺されてしまったでしょう。
エルミーラ
 では、罪人クレオンとともに、あなた様の息子も死んでしまったのです!
メローペ
 何ですって?おお神よ、あのクレオンが、クレオンが私の息子だったというのですか。
何故、そう言わなかったのです?何故、彼の言葉を拒んだのです?
神よ、友よ、救けたまえ、ああ、もし間に合わなければ、私は犯罪者同様の浅ましい人間だ。
 
 (その場から立ち去ろうとするが、ポリフォンテに制止される)
 
 第9場 〜 第10場
 
 (ポリフォンテ、メローペとエルミーラ)
 
Recitativo ポリフォンテ
 待つのだ。思慮のない、薄情な母親よ。
メローペ
 おお、我が仇!偽善者め!
ポリフォンテ
 事実を知って動揺しているようだな。では、なぜ私に彼を殺せと命じたのだ?
メローペ
 騙されていたのだ、邪悪な悪魔であるお前に。(ポリフォンテ退場する)
エルミーラよ、我が子のために、一緒に最後の涙を流してちょうだい。
エルミーラ
 私が暴君に騙されたばかりに、あなた様は残酷な運命に翻弄されたのです。
 
 (エルミーラ退場)
 
Recitativo accompagnato  メローペ
 私を苦しめているのは、深い悲しみなのか、あるいは怒りなのか?私は何処へ連れて行かれる?
魔物よ、亡霊よ、お前は何者だ?何を望む?暴君ポリフォンテ!卑劣漢アナッサンドロ!愚連隊どもめ、そうであろう。
(私にはお見通しだ)
 黒幕、死刑執行人、そして我が死。来るが良い。何をぐずぐずしている。
 暴風こそ我が望むところだ。過酷なる嵐よ、我を見舞え!私は身を屈め、打ち、断ち切ろう。
 愛する夫よ、息子よ、メッセニアの者たちよ、私は潔白のうちに死すだろう。潔白よ、おお、何と罪深いのだ。
自らの愛する息子に死をもたらすとは。息子よ、どうか許しておくれ。お前の敵を討とうとしていたのに、
お前を死なせてしまうとは。この悲しみがある限り、涙と共に血がしたたることだろう。
 我が瞳よ、わが死よりもおぞましく、無慈悲なものを見つめてはならぬ。
 どの剣?どこを突く?トラシメーデよ、その手を動かすな。お前が殺そうとしているのは、我が息子だ。
 愛するエピーティデ、私はこんなにも嘆き、泣き暮れている。愛する我が子、お前はまだ無事で、私がこの腕に抱くことが出来るのか?
 我が子よ、何故答えてくれぬ。どうか、どうか戻って来ておくれ。お前にキスしよう。どうして行ってしまったのか。何故黙っているのか。
 おお、神よ、私は何と愚かなのでしょう!お前を抱きしめようと両のかいなを開いても、空を抱くばかりとは。
 
Aria メローペ
混濁せる黄泉の川面に、我が息子の黒き影彷徨う。
おお、神よ、私の眼界より去らせたまえ。
何という後悔と恐れをば、我に抱かしめるのか。
 否、止まるのだ。無垢と無慈悲のはざまでお前を抱こう、私の宝よ。
 
 (退場)
 
 第12場
 
 (豪奢な緞帳により、後方と仕切られた壮麗な部屋)
 
Recitativo ポリフォンテ
 (ひとりで)あの女はきっと取り乱していることだろう。もし自らここへ来ないというなら、首根っこを捕まえてでも、
この血塗られた復讐の祭壇にまつりあげてやる。
 
 第13場
 
(ポリフォンテのもとへ、衛兵に連行されてメローペ登場。そこにリチスコ、トラシメーデも現れる)
 
Recitativo メローペ
 私はもう迷うことはありません。さあ、殺しなさい。メッセニアの民よ、私はこの国の女王として最期を迎えます。
ポリフォンテ
 せいぜいほざくがいい。じき、震え慄くことになろう。見るのだ、お前が殺した我が子の姿を。
メローペ
 何を言っているのです。何を以って、私の魂を恐怖に屈服させようと言うのですか?冥府への入り口も、私を恐れさせはしません。
恐怖に駆られるのは、お前のほうです。
ポリフォンテ
 さあ、来るのだ。悲劇の結末を見ようではないか。兵たちよ、我が命令に従え。
 (ポリフォンテが合図すると、巨大な緞帳が上がり、部屋全体が見渡せるようになる)
 見るがいい、ここにエピーティデの…………、おお!私は幻を見ているのか!!!
 
 最終場
 
Recitativo エピーティデ
 そうとも。私はエピーティデだ。
メローペ
 ああ、我が子よ!
エピーティデ
 (メローペに)わけは後でお話しましょう。
 (ポリフォンテに)私が新王だ。我が正義の罰を受けよ。
 (アナッサンドロを指差し)この男はお前の悪事の目撃者だな。知っているだろう?
ポリフォンテ
 な、何ということだ!アナッサンドロはまだ生きていたのか?
アナッサンドロ
 ああ、生きていたとも。お前に恥辱と苦痛をもたらすためにな。この悪党め。
ポリフォンテ
 助けてくれ!
トラシメーデ
 このやくざ者め!
ポリフォンテ
 どうかお願いだ!
メローペ
 クレスフォンテと私の子供達に何をしたのです?
ポリフォンテ
 私が殺したんだ。どうかご慈悲を!
エピーティデ
 慈悲を乞う?よかろう。だが死と共にだ。
ポリフォンテ
 私はお前たちから離れ、死の中に平和を見出そう。
 (衛兵たちに取り囲まれてポリフォンテが去る)
メローペ
 あの男と共に、あの男の蛮行も去りました。漸くあなたをこの腕に抱くことが叶う。我が子よ。
エピーティデ
 母上!
メローペとエピーティデ
 ああ、私たちは生きているんだ!
メローペ
 どのようにして神はあなたを救ったのです?誰があなたをここに連れて来てくれたのでしょう?
エピーティデ
 リチスコです。トラシメーデが私を殺そうとした時に、彼がそれを止めさせたのです。
リチスコ
 私たちが救われたのは、アナッサンドロの改心のおかげです。
アナッサンドロ
 あなた様に服します。どうか私に死を。
エピーティデ
 お前は流罪に処し、死は免じよう。
(アナッサンドロが出て行く)
 
トラシメーデよ。我が命、王位が今あるのはそなたのおかげだ。私の婚礼と愛しき人、母上、私の全ては、そなたゆえだ。
エルミーラ
 ああ、愛するお方!
メローペ
 我が子よ!
トラシメーデ
 寛容の人!
リチスコ
 高貴なる心!
メローペ
 あなたは二つの魔物から王国を救ったのです。
 
Coro  恐怖と憎しみの後に、平和と喜びとが我らの心を満たす。
 誠実と美徳がすべてを成就した時、
 高慢なる心は打ち砕かれ、ついに恐怖は滅び去る。
 
終わり
 
初演:サンタンジェロ劇場(ヴェネチア、1737年12月28日)
 
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